江戸時代から続く、驚きと感動。

藤山一門 手妻

江戸マジック

『手妻』(てづま)と読む。そこらにいきなり書かれていたら何の事だかさっぱり分らない。

江戸から明治にかけて日本ではマジックの事を手妻と呼んでいた。手妻とは日本人が 考え、独自に完成させたマジックの事だ。マジックは今日でも人気のある芸能だが、手妻 も江戸時代、いやそれ以前から庶民に愛され、江戸、大坂、京、名古屋と言った大都市で は手妻を看板にした仮設小屋が何件も立ち並び、今では想像もできないほど大掛かりで、 華麗で、不可思議な世界が連日繰り広げられていた。

 

  1. プロフィール

プロフィール

プロフィール

藤山 新太郎(ふじやま しんたろう、1954年12月1日 - )は、日本のマジシャン。日本奇術協会理事[1]。伝統的な日本奇術「手妻」を継承する数少ないマジシャンのひとり。父は漫談師の南けんじ。

東京都大田区生まれ。日本大学卒業。

紋付袴の正装で舞台に立ち、お囃子に合わせて「蝶のたはむれ[2]」「水芸」「お椀と玉」などの和妻を得意とする。それらの伝統を守りつつ、現代でも不思議に見えるようアレンジし、日本国内のみならず外国にも広く知られる。また、クロースアップ・マジックや洋装ステージマジックも行ない、カバーする分野は広い。

現代では少なくなった師弟制度を維持している。弟子には 藤山晃太郎、藤山大樹などがいる。弟子たちは鼓、太鼓、長唄、日本舞踊なども稽古する。マジック界の抱える問題や、アマチュア、プロマジシャンとしての心得・個性、師弟の関係などについて、豊富な経験から論じる理論書を多数著している。

 

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